かがみのおおきみ
運転手として訪れた談山神社。
境内に、恋神社という社がある。
談山神社の御祭神・藤原鎌足公の妻・鏡女王を祀る社。
(実際に足を運ぶと、その他にも定恵・不比等兄弟が祀られていたのだった)
里中満智子を通ったために、「顔が浮かぶ」という現象が起こる一方、それぞれがどういう間柄であったのかはすぐにわかった。
鏡女王は、鎌足のところへ来て幸せになったのだろう、
だから「恋神社」という名称になっていたのなら良い、と心から思った。
追記
鏡女王(『天上の虹』では鏡王だったと思うので、実はその表記に慣れている)については正直、「額田王の姉」という印象が強く、特に調べるということはなかったが、見てみるといろいろなことがわかった。
1.表記のゆれがすごい
万葉集では「鏡王女」、
日本書紀では「鏡姫王」、
興福寺縁起・延喜式では「鏡女王」。
2.不比等の母説
興福寺縁起にはそのように記載されているらしい。
なぜ興福寺なのかと思ったら、
「はじめ天智天皇の妃だったが、後に藤原鎌足の正妻となる。鎌足の病気平癒を祈り、天智天皇8年(669年)に山階寺(後の興福寺)を建立した」。
正妻だったということも知らなかったし、とにかく勉強になった。
誰かの興味で足を運ぶと、新しい発見がある。
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